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隼勢が追い掛けてゆくと、神久良は小川の傍の岩場に座り込んでいた。
太刀と弓は傍らに置き、甲冑と衣褌を脱ぎ、身を切るほどの冷水に雑巾を浸し、汚れた体を一心不乱に拭っている。
暗がりの中、若者の体だけが星明りに蒼い。
隼勢は一瞬見とれかけ、慌てて近づいて若者から雑巾を奪った。
「そんなことは私がします。……なにもこんな冷水で拭かなくても。すぐに火を起こしますゆえ」
「良いのだ。冷たい方が頭が冷える」
「風邪をひいたらどうします。全くこれ以上、手間をかけさせて下さいますな」
寝ずの看病も本当は願ったりなのだが、隼勢は敢えて煩わしげに云ってみる。
「……隼勢、俺のことなど放っておいてお前は宴に加わってこい。俺に付き合ってお前まで奇人呼ばわりされる義理もない」
「……」
隼勢はそんな言葉は無視して、黙々と焚火の準備をした。
「……怒ったのか」
「怒ってやしません。あなたの冷めた物言いにいちいち怒ってたらきりがない。
それより若、傷の具合はどうです」
「ああ……だいぶ、熱を持ってきたようだ」
物憂げに首を振る神久良からは、とても敵の総大将を討った豪武者の覇気は感じられぬ。……当然のことだ。荒ぶる御魂はもう、心の底の何処かへ去った。
今ここに居るのは、戦を心底から嫌うただの若者、傷つきやすい優しい性根を鋭利な言葉で押し隠している、ただの齢十五の若者なのだ。
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