3 蒼深き翳り

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 隼勢は懐から小刀と手拭(てぬぐい)、それから持参した薬草を取り出す。 「(やじり)を取り出さねば悪しきものが入って、足が腐りますぞ」 「任せる。ひと思いにやってくれ」  神久良は云われる前に隼勢の肩に手を置き、彼から手拭を取り上げて歯で咥えた。  隼勢は己の手纏(たまき)の紐(衣の袖口を結ぶ白紐)をほどいて包帯としておいてから、焚火で炙った小刀の刃で、神久良の傷口の矢尻を抉り取った。 「く、―――んッ…………!!」  隼勢の肩に指を喰い込ませ、くわえた手拭を震わしながら、神久良は息を止めて痛みに耐える。全身の筋がびぃんと強張る。  止血し薬草を擦りこんで処置を終えたころには、神久良は額に脂汗を滲ませていた。  呼吸を荒がせながら零す。 「いつもながら、お前のやり方は手荒い……それに、お前の婆さんの秘伝の薬草だか何だか知らぬが、今日のは凄い臭いだ。鼻が、死ぬ」 「これは婆さん秘伝の薬草なんかじゃありません。微子(そよこ)さまがわざわざ持たせてくださったものですよ。どうせ神久良さまはまた傷だらけになって帰ってくるでしょうから、と仰って」 「微子(そよこ)が……俺のためにか」 「ええ。あなたがたのためにですよ」  微子(そよこ)は二つ年上の、神久良の幼馴染、初恋の女だった。今はもう人妻だ。それも、兄都比鈷(つひこ)の。  微子は控えめでおとなしい気性の女であるが、だからこそ小さい頃より人の心の奥を感じ取れる力に長けていたのだろう。神久良の内に棲むものの存在を判っていてなお、庄の子供社会で孤立していた神久良に対し、奇人呼ばわりも気狂い呼ばわりもせず接してくれた人物だ。  神久良にとって彼女は己の心を話すに値するほとんど唯一の女性であった。
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