1170人が本棚に入れています
本棚に追加
合図の指笛の鳴り響く音で、神久良は不意に目覚めた。
――またしばらく、立ったまま心を飛ばしていたらしい。
自分の代わりに、あれが表に出ていたようだ。
はぁ、はぁ。――己の息が上がっていることに気づく。
そこは木立に囲まれた戦場だった。足もとが傾斜している。
どうやら比良軍との戦のうちに、自分達が山中にまで入り込んだと知れる。
我に返り、神久良は合図の意味を得ようと耳を澄ませた。
ひゅい、ひゅい、ひゅい―――
杉の木立の合間を縫って奔り渡る、鋭利な音三つ。
(緒上の指笛ではない…、敵側の合図か)
すぐに鋼太刀の柄を握りなおした。具足を履いた両脚を踏みしめ、辺りを窺う。どこから新たな敵が出てこないとも限らぬ。
――だがすぐに、もう交戦の必要はないと判ぜられた。
周囲にはすでに命の気配はなかった。あたりには夥しい数の骸しか残されていなかった。
斜面の下のほうから、合図を心得た比良軍の、敗走する音が聞こえてくる。
(退却の、指笛だったか)
どうやら知らぬ間に闘いが終わったのだと悟る。神久良は構えを解いた。
……両腕が重い。
頭椎太刀を手にした右手が重いのは、分かる。
ではこの弓手の重さはなんだと、己の左側を見下ろして、神久良は息を呑んだ。
「!」
彼は、誰ぞの生首の髪を引っ掴んで、立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!