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云われてみると、確かに右腿が爛れたように熱い。――覚えのない傷に、神久良の苛立ちは弥増す。
「鏃が傷口に残っております。無理に引き抜きなさったのか、全く無茶をなさる」
「俺ではない、くそっ。あれがやったのだ。手当は後でいい。兄者は何処だ」
「頂付近で陣を構え、指揮を」
「比良の退却は兄者に伝わっておるのか」
「恐らく。混乱しておりましたので敵方の退却の理由は判ぜられませんが――もしかすると総大将が負傷したかなにかでしょうか、」
「いや、比良の退却の理由はそれだ。そこに転がっている」
神久良に顎で示されて、地面に転がっている首を見つけた隼勢は、一瞬の驚きのあと首に取り縋り、たしかにそれが敵軍の長のなれの果てであることを確かめた。
隼勢は、云えば神久良が怒ると判っているのか、極力押し殺した声で寿いだ。
「これは―――、ご武勲でございますぞ、若」
「俺じゃない! カムイのしたことだ!」
神久良は足許の岩を蹴る。ずきんと、腿が痺れる。
――覚えのない手柄。自分のもとに残っているのは、刻を飛び越えたという奇妙な違和感と血臭、そして覚えのない殺戮への後悔だけだ。
「どちらにせよ、すぐに都比鈷さまにお伝えせねば」
隼勢は立ち上がって指を咥え、鋭くひとつ、そして長くひとつ、指笛を鳴らした。
ピッ――ピイィ――
山彦のように向かいの山肌に跳ね返ったそれは、恐らく退却してゆく比良軍にも伝わったに違いない。
数瞬おいて、山の頂きのほうから同じ指笛が返される。
本営からの応えだ。
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