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ほどなく、森のあちこちに散らばっていた武士たちが、指笛を聞いて集まってきた。古参の耶蘇爺から雑夫の稚彦まで、老若さまざま。元気な者、負傷している者。しかし皆一様に表情は誇らかだ。
「若!」
「敵将を討ち取られた由、まことですか」
「さすが神久良さま。やってくださると信じておりましたぞ」
「若はまこと、緒上の戦神に在らせられますな」
賞賛の声を受ける神久良は、むっと押し黙ったまま応えぬ。
隼勢にだけは、神久良の抱える憤懣が分かる。
分かった上でなお、『己の手柄としてしまえば話が早いのに』と思う。
殺ったのがもう一人のほうだとしても、それは本人の中だけでの問題だ。――周囲の者には、子供のころから『己は二人いる』と抜かし続ける変わり者の、緒上の三男坊にしか見えぬ。
我が事のように喜ぶ周囲の氏人らとは、ひとり異なる気配を、神久良は纏っていた。
隼勢は聳やかしたその肩から湧き立つ複雑な情を汲み、勝鬨を上げる兵らとの間に挟まれて、小さく嘆息した。
木々の影が長く伸びていた。隙間から差し込む光が朱に耀いているところからすると、もう夕刻になっているようだ。もうだいぶ、陽の落ちるのが早い。
闘いが始まったのは陽が中天に差しかかるころだったはず。たった半日で敵陣深くに躍り込み、敵大将を打ち滅ぼし、残党を潰走させるとは、あり得ない早さの結着だ。
神久良は唇を噛む。
皆の誇らかな視線が、頬に突き刺さる。
戦勝の喜びはない。
人ならぬ者の力を借りた勝利でも、お前らは満足なのか――勝てればそれでいいのか。
なにが戦神だ。
俺は不気味な化け物をこの身に、巣食わせているというのに。
覚えのないことで皆が俺を崇め奉る。
初陣するまでは、気の触れた忌み子だったはずの俺を。
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