2 玻璃の心

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 声を荒げる神久良を、隼勢が諌める。思わず口を噤んでキッと睨むと、隼勢もまた思慮深げな痩せた貌に鋭さを込めて、神久良を見つめていた。 (都比鈷(つひこ)様は、いまは緒上の総大将でございまするぞ。いくら兄君とはいえ、口応えはなりませぬ)  無言でそう告げてくる眼と暫し闘ったあと、神久良は小うるさげに眼を逸らした。  都比鈷は先に乾した杯のせいで酔いが回ってきているのか、神久良の反発をも意に介さず親しげに肩を抱いてくる。 「とにかく、見事な手柄だ。兄者もお喜びになるだろう。  今宵の戦勝祝賀の主役はお前だ、神久良。向こうへ行って、一杯酌みかわそうではないか」 「――じゃない、」  ぼそりと呟いた神久良の言葉を聞き取ろうと、兄は顔を近づけてくる。 「――俺の手柄じゃない。勲功(いさおし)はカムイだ。俺が目出度(めでた)がられる筋合いではない」  肩を振り払い、神久良は足を引きずって宴の喧噪とは離れた方向に歩いてゆこうとする。  都比鈷は呆れ顔だ。 「神久良……。どっちでも結局、俺には同じことのように思えるがなぁ。なあ? 隼勢」  なぁと云われても、神久良の心の判る隼勢には、どうにも返しようがない。 「おうい、兄が酌みかわそうと云うのに、お前、一滴も呑まぬつもりか、なあ、神久良よ」 「酒は好かぬ。俺のぶんも皆に振舞ってやれ」 ……とだけ神久良は云い残し、ひと気のない、せせらぎの音のする陣の外へ消えた。
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