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「宇田くん」
帰りのホームルームが終わり、部活に行こうとする宇田くんを呼び止めた。
「花枝さん。今朝保健室に行ってたけど大丈夫?」
「うん、ちょっと朝急に気分悪くなって・・・。ところで、小説の事だけど・・・」
「あ、朝途中になってた話か」
「宇田くんて、由香先生と仲良いの?」
「え、何で」
「由香先生のこと、『ゆか』って呼び捨てにしてたから」
「俺、呼び捨てにしてた??」
「うん」
「あちゃー、シマッタ。由香に怒られるわ」
「私が何を怒るの?」
爽やかな声を振り返ると、由香先生が私たちの前に仁王立ちで立っていた。
「宙、あなた花枝さんに何か悪さしたの?」
「し、してねぇよそんなこと」
「ほんとにー?」
「ホントだよ!花枝さんが書いた小説見せてもらって、面白かったから由香に貸していいか聞いただけだって!なぁ、花枝さん!」
必至に誤解を解こうとする宇田君にすがるように見つめられ、胸がズクンと痛んだ。
「あの・・・。はい。で、由香先生と宇田君は仲がいいのか、聞いてただけで」
「そうだったんだ。ごめんなさい、早とちりしちゃって」
由香先生は申し訳なさそうに素直に謝った。
「私たち、実家が近所で幼馴染みなの。隠してたわけじゃないけど、教師と生徒だからあんまりそういう仲良い雰囲気をあからさまに出したらよくないかなって宙に言ったのよ」
「そう、ですか。幼馴染みなんですか・・・」
「でも、もうすぐ結婚して実家を出るから近所じゃなくなるんだけどね」
「え、先生、結婚するんですか?」
思いもかけない爆弾発言に私は目を丸くした。
「そうなの。今年の秋にね」
驚いたけど、言う言葉は一つしか浮かばなかった。
「おめでとうございます」
「ありがとう。本当は公表するのはもう少し先にしようと思ってたんだけど」
そう言って幸せそうにほほ笑んだ。
「花枝さん、文芸部だったわよね。小説、よかったら是非読ませて」
「はい」
「いけない、職員会議始まっちゃう、じゃ、宙、また私に花枝さんの小説貸してね」
由香先生は腕時計をみて慌てた様子で教室を後にした。
「じゃ、俺も部活に行くよ」
先生が去ったあと、落ち着いた口調で宇田君も出て行った。
けど、私は彼がずっと血がにじむほど拳を握りしめて瞳を充血させていた姿がずっと記憶として焼きついていた。
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