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(痛っ。と、言っておきます。エヘヘ。それで、ですね――)
「本当、面倒くさいの。今からでも遅くない。適当な店に引き取ってもらったらどうじゃ」
ゴインが陶坏を空けた。間を置かずに次を注ぐ。
(そう言わないでくださいよ。……えぇと。夕暮れ時、泊まる場所のない闇エルフの少女を、僕は快く迎え入れてですね。ささやかながら食事と寝所を用意しました。彼女が食事を摂っている間に、湯殿も準備して、就寝前に使うといいよ、と言いました)
「あぁ、語るんだ……」
と、ゾマニィ。勢いを付けて陶坏を空け、また地酒を注ぐ。
(彼女が入浴している時に、大きな音がしました。慌てて湯殿に駆け付けると、彼女は悲鳴を上げ、僕は喉を裂かれてしまいました。気が付くと、僕はこの短刀に封じられていました)
「はいはい」
「のぞきの報復かの。闇エルフは過激じゃの」
ゾマニィとゴインが適当に相槌した。二人共呑む手を止めなかったので、早々に一本目が空いた。
ゾマニィは、地酒の瓶の二本目と三本目の栓を抜く。
(僕は、断じてのぞきを働いたのではありません。大きな音がしたので、純粋に心配して駆け付けたのです)
「はいはい。……何度も言わなくていいよ」
ゾマニィが息を吐いた。億劫そうに陶坏に口を付けた。
同じことを幾度も聞かされているゾマニィであった。この、オズティン――の望みも分かっている。
(ぜひとも、彼女にもう一度会って誤解を解きたい。僕を、彼女の元に連れて行ってください)
「そらきた。面倒くさい」
ゾマニィが呻いた。冷たいようにも思われるが、それには理由がある。
聖水を掛けたところ喋り始めた銀の短刀に、初め、ゾマニィは酷く慌てた。聖水を分けてもらったリュマオ神殿に飛び込んで、状況を説明した。短刀に人間の魂が封じられている、と。それはもう、血相を変えて。しかし、神殿で調べてみると、銀の短刀に人間の魂は封じられていなかった。封じられていたのは、オズティンという男の知識や記憶の一部と、人格の複製だったのである。どうしてこんな趣味の悪いことをしたのか、と神殿側は首を捻っていた。
(どうか僕に力を貸してください。どうか僕に力を貸してください)
オズティンが繰り返した。
「面倒くさい」
「面倒くさいの」
ゾマニィとゴインは地酒を喉の奥に流し込んだ。
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