第一話 怪異追跡

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 彼女の指が兵藤の首に届く寸前で、サジェの繰り出した拳が彼女の胴にめり込み、殴り飛ばした。沙代里はそのまま地面を転がり、苦しそうに呻いている。助かったとサジェに礼を言ってから、兵藤は冷静になって沙代里の様子をじっと観察する。正気を失ってはいたが、幸いなことに彼女はゾンビではなさそうだ。  人間を含む哺乳類には横隔膜という呼吸に合わせて拡縮する筋肉がある。腹部に強い衝撃を受けるとこの横隔膜が痙攣し一時的に呼吸が苦しくなる。しゃっくりが悪化したものと考えれば分かりやすいだろう。彼女がいわゆる生きている死体なら呼吸しなくても問題はないはず。身体が無事なら、時間はかかっても必ず治すことはできるはずだ。 「何とかなるのか?」  隣に並んだサジェが冷静な口調で聞いてきた。構えてはいないが右手には矢を持ち、いつでも射ることが出来るようにしている。だが、こちらの答えを聞くまでは彼女は絶対に射ない。口には出さないが、兵藤は彼女のそういうところをとても信頼していた。 「……何とかする。あの子を助けて、この事件の真相を突き止めるぞ」 「そうか。言っておくが囲まれている。回収したら長居せず離れるからな」  エルフの鋭い感覚によって、サジェは周囲の建物の暗闇に潜む十数人のゾンビの存在を感知していた。恐らく沙代里と同じように正気を失っているのだろう。沙代里を囮に全員で襲い掛かるつもりで、今はその好機を探っているようだ。     
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