41人が本棚に入れています
本棚に追加
「まあな。中絶出来る期間を過ぎていたから、産ませざるを得ない。兄貴の嫁には、取引先の財閥から令嬢を迎えることになっていた。いくら世間知らずのお嬢さんでも、旦那の口座から毎月女に金が渡っていれば、おかしいと思うだろう。だから、戸籍上は俺の妻ということで、俺の実家から資金援助を受けている、という風を装ったわけだ。息子が学生だから。卒業してからは、息子の少ない給料じゃあ、子どもひとり育てるのも大変だから……とな」
世間一般の常識を鑑みれば、警察官の給料で、妻子を養えないとは考えられない。生活レベルの違いを感じながら、どうにも違和感を拭えない、もう一点を追及する。
「お前が、その女と結婚する義理が、何処にあったんだ」
「無いな、これっぽっちも」
明快に言い切られて、絶句する。
「ただ、お前に子どもが出来たと知って、子どもを持つことに興味を持ったから──かな。偽装的な結婚だから、妻になる女の人生を背負う必要もない。気楽に擬似親子が体験出来て、実家に恩も売れる──俺にとっては、損のない話だった。ちなみに、この話題は、家族内ではタブーでもないからな。正虎本人だって知っているぞ」
正虎も明人に劣らず、随分と複雑な家庭環境に育ったらしい。その割には、真っ直ぐ育ったほうだというべきか。いや、曲がるはずのところを曲がらないというのは、ある意味捻くれているのかもしれない。どちらにしても、あの性格は、成育環境より生来の資質によるものだろう。
そうして祥吾は、彼の言葉に引っ掛かりを覚えた。
話し振りからして、彼が結婚したのは、正虎が生まれる前のことだろう。そうして正虎の方が、明人より誕生日が早い。
祥吾が明人の存在を知ったのは、生まれて一月ほど経ってからだったか。義理の父である教授が、国際電話で教えてくれた。麗子が明人の誕生を、祥吾に連絡していないと知ったかららしい。何度も謝罪を口にする教授に、そういう契約ですから、と祥吾は返した。
子どもが生まれたのも、その性別も、何と名付けられたのかも──あの頃の祥吾にとって、どうでもいいことだった。
最初のコメントを投稿しよう!