さようなら、愛おしい人

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 あちら側とこちら側。この世には二つの世界がある。  あちら側の住人は、大抵こちらには気が付かない。こちらに気が付くのは、ごく稀なことだ。  こちら側の住人も、あちら側の住人に自ら干渉していくことは殆ど無い。そうして、二つの世界は同時に存在しながらも、その均衡を保っている。  あちら側の住人には、生きているものすべてに寿命がある。動物でも植物でも、生きているものはいつか、必ず死んでいく。死ねば彼らは一度こちら側に来るが、やがてあちら側に戻って、何らかの命に生まれ変わる。  けれども、こちら側の住人には、寿命というものは存在しない。その殆どが、悠久の時を生きていく。  では、こちら側の住人が死ぬことはあるのだろうか。  正確には、死ぬ、という概念は存在しない。その代わり、こちら側に住むものは、ある決まり事を犯すと消滅してしまう。  その決まり事と言うのは、あちら側の住人の生死に干渉してはいけない、というものだ。  あちら側に生きるものたちの命を奪ってはいけない。あちら側に生きるものたちの命を助けてもいけない。  その決まり事さえ守っていれば、こちら側の住人は、ほとんど永遠の時を生きていくことができる。  あちらとこちら、二つの世界は、今日も同じ場所で重なっている。
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