紫陽花の傘

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いつものように、幼馴染を傘に入れて帰った。 もちろん不本意である。 こうして並んでいると気づく。 直樹は昔に比べるとずいぶん背が高くなった。 昔は同じくらいだったのに。 少し高めにあげた腕を緩めると、直樹の頭に傘が当たってしまう。 何にも言わずに傘の持ち手を奪われる。 いつものことだ。 今日あったことやクラスのこと、くだらない話をしながら帰る。 そうしていると、気がつくと家のそばまで来ている。 私はちょっぴり、ほんのちょっぴり、雨の日に一緒に帰る時間を楽しみにしている。 無邪気だった昔に戻ったみたいで、懐かしいからかもしれない。 本人には絶対言わないけど。 先に直樹を家に送り届けたあと、私は自分の家へと向かった。 私は自分の傘を見上げた。 中学に入学したころから使っているからか、だいぶ撥水力が落ちている気がする。 心なしか雨がしみて傘が重い。 そろそろ買い替えの時期か。 私は傘の下から手を出して、雨を確かめた。 もうほとんど止んでいた。 私は傘を振って水滴を落としてからたたんだ。 「あれ?」 家へ向かう道の最後の角を曲ろうとした時、誰か座っているのに気がついた。 新築マンションが近くにできたから、内覧案内の看板のおじさんかと思ったが、違う。 紫の布を被って、占い師のような独特の雰囲気を醸し出している。 明らかに怪しい。 とりあえず、めいいっぱい距離を取って目の前を通り過ぎる。 ついチラチラと伺ってしまうのは、私の好奇心のせいだ。 布の下の顔はだいぶ歳を取っていた。 お爺さん、もしくはお婆さんの前には何本か傘が積んであった。 つまり、占い師ではなく、 「傘屋さん?」 はっと息を飲んで、手で口を押さえた。 しまった、声に出てしまった。 ばちっと目が合った。 「ふふふ、久しぶりのお客さんだねぇ」 しわがれた老婆の声がする。 無視できそうになかった。
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