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ただ、愛しい人と引き裂かれた事、それだけは恨みに思っているでしょうが。」
傍に在りたかった。今も、隣に居たかった。此の先に待つものが、光り輝く未来でなくても。
そんな叫びが、聞こえてくる。政子はその顔を歪めた。
「…腹の子は女であれば見逃してやっても良い。だが、男子であったら、即、由比ヶ浜に沈めろ。」
忌々しげに言い放ち、頼朝は席を立った。
その言葉に、政子は軽く目眩を覚えた。
そうして同時に罪悪感に襲われた。自分が彼女の舞を見たいなどと口走ったから、彼女はこうして強制されてあの場に居るのだ。随分軽はずみな事を言ってしまったものだ。
愛しい男を今、まさに追い込んでいる相手の為に舞うなんて、と、きっと屈辱に身を震わせている事だろう。だからこそあの歌を謡ったのだ。
なんて残酷な。生まれたばかりの子を取り上げられ、殺されるかもしれないだなんて。どうにかしなければ。政子は顔色を無くしている静を見やって眉を顰めた。
それが四月八日の夜の出来事であった。
そうして。七月二十九日、静が生んだ子は男子であった。泣き叫び拒否する静から取り上げられた赤子は、すぐさま由比ヶ浜に沈められたのだと、大姫は伝え聞いていた。
「ああ、なんて惨い事を。」
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