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吉野の桜
ゆらゆらと闇が。ゆるゆると夜が更けていく。
暗がりが囁く。「もう、何も無いよ」と。
憎しみと失意が此の身を包み虚無感だけが此処に在る。何もかも奪われた此の身の上では。
それならいっそ、此の儘闇夜に融けて消えてしまえたら良いのに。
嗚呼。
私はただ、愛しい人と共に在りたかっただけなのに。ただ、愛しい人の子を、此の腕に抱き、慈しみ、育てたかっただけなのに。
…憎い。彼の男が。私から全てを奪っていく彼の男… 源頼朝が。
全てが憎い。彼の日の嵐が。彼れさえなければ、共に落ち延びる事が出来ただろうに。
嗚呼、許せない。
やはり彼の男が。彼程義経様に慕われていながら、彼程命懸けで尽くされていながら、義経様を拒絶した彼の男が。
鶴岡八幡宮での事、私を謀ってまで舞わせた事も、忘れて等やるものか。
私が、義経様をお慕いしていると知りながら、義経様の敵に回った男の為に、どうして。どうして。
それで義経様を許してくれる訳でも無いのに。許せない。全てを奪っていくだけの彼の男。
血の気が失せる程握り込んだ両の手が、さらに感覚さえ忘れる程にきつく力を籠める。
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