吉野の桜

3/9
前へ
/34ページ
次へ
呟く声に憎しみと怒りが滲んでいる。頼朝の娘が、今更何の用が有ると。視線を移動する。そこに在るのは(ふみ)のようであった。 「何のつもり、まだ言い足りない事でもあるの。」 それを手に取り呟く。怒りと悲しみで、文など千々に引き裂いてしまいそうであったが、何とか思い止まる。 内密に、と言う言葉が気にかかった。誰にも知られてはいけないという事。それは、恐らく頼朝にさえも。だとしたら、此の文の内容とは。沸き上がる感情を抑え、それでも震える手で大姫からの文を読もうと。 月の光を頼りに軽く目を通す。 はらり。落ちた涙は何ゆえだったか。 溢れる涙は(とど)まる事を知らず、欠けた月が滲んでその姿も分からなくなる程に。それでは文など読める筈も無いのに、言葉が木霊するように流れ込んでくる。 泣き疲れ涙も涸れ果てたと思っていたのにと、ぼんやり思う。その儘。 はらはらと、開いた両の目から流れ落ちる涙を拭う事も、暫しの間忘れていた。 「生きている…」 男子だったが故に、産声を上げたと同時に此の腕に抱く間も無く奪われ、命を摘み取られる事だけが決まっていた、我が子が。     
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加