吉野の桜

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磨けば、此の御方以上に光る者など居ないだろうに。それならば、私が育てて見せよう、そういう打算染みた考えが過ったのもまた事実。 だけど。恋しても居た。貴方が私を選んでくれて、たとえそれが此の京の都で生き抜く為の作法を身に付けたいが為でも、私だけを六条堀川の本邸に置いてくれた事を、それを嬉しく思う程には、私は、貴方を。 貴方が高みに上り詰める様を見ていたかった。今や追われる身となった今でも、恋慕って()ま無い程には、貴方を。 ()の日、雪の吉野山での事、思い出す度に胸が痛むのです。 忘れもしません。忘れられる筈もありません。 十二月十四日の明け方。吉野山を目指し、麓に馬を乗り捨て分け入った山中に、籠り隠れた、寒く冷たい雪の中での出来事は。 一二の迫を抜け、三四の峠を越え、杉の壇まで辿り着くのに何程(どれほど)だったでしょうか。貴方の子を宿した此の身では、確かに辛い道程でした。 けれど。 ()の時の貴方の言葉より辛いものが他にあるでしょうか。 「兄上との和解を考えている。だから静、来年の春を待って欲しい。もしそれでも兄上と和解すら成らぬなら、出家をしようと思っている。     
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