吉野の桜

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静、その時もまだ此の義経を思っていてくれたら、共に姿を変え、経を読み念仏も共に唱えようではないか。此の思うように為らぬ此岸(しがん)でなく、()の岸に生まれ変わっても共に居れるように。」 決別の言葉。 どんなに言葉を選んでも、何程の言葉を重ねても、私が切り捨てられる事実は変わらないのに。 …いいえ。貴方が、私と従者の方々との間で思い悩んでいらした事は存じておりました。 確かに女の足では、此の逃亡の旅路には足手まといでしかないのでしょう。それでも、他の姫様方と別れた後も私を此処まで連れて逃げてくれた事、嬉しくも、有り難くも思っておりました。 だからこそ、申し訳無くも思っていたのです。女ゆえの非力さを。 …(いず)れ、私はもっと。解っているのです。だからこそ私は──… 「分かっていた事とはいえ、(おの)が非力さを此程恨めしく思った事はございません。」 「静、何を、」 「貴方にお伝えするべきか、悩んでおりましたが… どうやら貴方の子を身籠ったようなのです。ですから、今此処で別れ、来年を待つよりは… 貴方の為にも私の為にも、生き長らえるよりは、いっそ…」 いっそ、その手で。貴方の手で終わりを迎える事が出来たら。と。 けれど、貴方は。 「私の子が。それなら尚更、生きて待っていてくれないか。」 貴方は私を生かす事を選びました。 それが何程(どれほど)私の心を引き裂く言葉であったか。     
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