優しい嘘

2/7
5人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ
今、同じような悲しみと苦しみと、やがて来る絶望に打ち(ひし)がれている人が居る。 木曽のおじ上を討ったのは九郎叔父上だ。だから、義高様の事を思えば、今の九郎叔父上については同情の気持ちなど持てないで居る。可能なら私がこの手で、とも思う。 同情など出来ないけれど。今も憎しみが消えずにいるけれど。でも、叔父上が居なくなって悲しむ人の事までは、他人事と切り捨てる事が出来ない。 そんな事を言ったら、嫌な顔をされてしまいそうだけれど。 燃ゆる火を見つめ、今、愛し子を奪われ命を絶たれるという、大姫には想像もつかぬ場所に突き落とされた女の事を思う。 哀れ。 そんな言葉で済まされる筈も無い。ゆるりと、大姫は目蓋を閉じた。 話は、多少の時間を(さかのぼ)る。 文治二年四月八日。源氏の守護神を祀る鶴岡八幡宮にて、舞を舞うように命じられた静は、以前のようには断り切れなかった。 謀られた、とは言え、八幡神の御前である事もまた事実。 静は気持ちを切り替え、最も得意とする『しんむしょう』を舞った。 だが、切り替えた筈の胸の内に、それでもふつふつと沸き上がるものがある。(おの)が身の不幸もさることながら、義経への恋慕の情と、ただひたすら彼の安否、である。 そうして。     
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!