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2018年、9月。それと、男。
もう、どれくらいの時が過ぎただろうか?
男はただただ呆然と“それ”を見つめ続けていた。
軋むブランコ
風に揺れるゴールネット
黄昏に染まる空
17時を告げる、背の高い時計
赤と黒を背負った、子どもたちの笑い声
児童公園と呼ばれるその場所には、誰も立ち入らない公衆トイレがあった。そこは地元の人間から「幽霊便所」と呼ばれており、誰も立ち寄ろうとしないほど有名な、所謂「曰く付き」のスポットだった。何でも、三十年前にこの場所で、児童を含む数名の男女が無残に殺されたらしい。被害者の幽霊が出ると、専らの噂だった。穏やかな田舎の片隅で起こった、この連続殺人事件に住民達は戦慄を覚え、以来この場所には誰も近寄らない。
それを知ってか、知らずか。男はその場所で、ただただ、目の前にある“それ”を見つめていた。
男は、一種の混乱状態だった。ここに来た経緯も、自分が誰なのかも、なぜここにいるのかも。何度、深呼吸を繰り返しても、男は自分の名前さえ思い出すことが出来なかった。
(名前は?)
(年は?)
(なぜ、こんな場所に?)
(それよりも“これ”は一体何なんだ?)
考えれば考えるほど、男は混乱していった。ただただ“それ”を見つめ続けていた。いや、見つめ続けていたのではなく“それ”から目を離すことが出来なかったのだ。目を離した瞬間に、蛇が蛙を飲み込むように“それ”に殺されてしまうような、そんな恐怖を感じ、男は“それ”から目を離すことが出来なかったのだ。
真っ白な頭で、やっとの思いで視線を下へずらすと、自分の手が真っ赤に染まっていることに気がついた。それとほぼ同時に、ひとつの記憶が蘇ってきた。
(そうだ、僕は人を殺してしまったんだ…。)
その瞬間、男は気を失い、二度と目を覚ますことはなかった。そしてその事件を機に「幽霊便所」は取り壊されることになった。
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