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その日、学校では一日阪神大震災の話題で持ちきりだった。
お前の席は、廊下側の一番後ろ。クラスの中で最も人の出入りが激しい扉の近くで、休み時間になる度に、授業が始まるまで、いつもお前は、ランドセル置き場になっているロッカーの上に腰を掛け、学級文庫の本を読んでいたね。
男も昇太と同じように、ロッカーの腰を下ろし、クラス一面を眺めていた。
(やけに長い夢だなぁ…)
(それに妙に思い出に忠実だし)
(確かこの日は、臨時の避難訓練があって、寒空の下グラウンドまで避難したっけ)
そんなことを男は思っていた。
隣に座り、「夏の庭」を読む昇太に何度も声をかけるが、反応はなかった。しかし、夢だからと思うと不思議はなかった。男は映画でも見るような気持ちで、ただ成り行きを見ていた。三時間目を告げるチャイムが鳴ると、皆が自分の机に座ったことを確認した昇太は自分の席へと戻った。
程なくして、担任の先生がこう言った。
「皆さん今朝のニュースを見て知っているかもしれませんが、地震はいつ、どこで起こるかわかりません。日頃の訓練が生命を守ることに繋がりますから、今日は臨時で避難訓練を行います」
男は思った。これは、夢じゃない。あの頃の記憶の中に今、いるんじゃないか。それとほぼ同時に、男は一つの重大な事実を悟った。
(そうか、僕は死んだんだ、そうに違いない)
一種の走馬灯のようなものだと、男は思った。
(いや待てよ、そう決めつけるのはまだ早い。これが夢じゃないなら、これがあの頃の思い出ならば、避難訓練中に、あの事件が起こるはず)
お前の言う「あの事件」とは、あまり思い出したくない記憶だったね。人生ってやつは皮肉なもんで、良い思い出ほど薄れていく。嫌な思い出、苦い思い出ほど脳裏に焼き付いて離れないものだからね。お前があの日の避難訓練のことを、今もしっかり覚えているのは「あの事件」があったせいなんだろう。
そして、その時は突然、訪れた。
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