2人が本棚に入れています
本棚に追加
救急隊員は言った。
「ご主人、奥様の手を握って名前を呼んであげてください」
と。
「人の生きようとする心は強いです。危篤状態の搬送患者さんが家族の呼び掛けに応えて意識を取り戻した事例もあります」
と。
私は妻の手を握り、妻の名を呼ぶ。何度も、何度も。
戻って来てくれ。置いていかないでくれ。
ずっと、ずっと、一緒にいるはずだったじゃないか。
ずっと、ずっと、二人寄り添って、穏やかに幸せに暮らしていくはずだったじゃないか。
愛が地球を救うなら、妻一人くらい簡単に救えるはずじゃないか。
人の心が奇跡を起こすなら、今、起きてくれ。
神が奇跡を起こすなら、今、起こしてくれ。
だけど。
「妻を……妻を助けてください!」
奇跡は滅多に起こらないから奇跡なのだろう。
「残念ですが……奥様は既に……」
私に告げられたのは残酷な現実だった。
医師の声に、力が抜けていく。
「そんな……」
まだ、温かいのに。こんな穏やかに微笑んでいる様に見えるのに。
いつもの寝顔の様で、今にも「おはよう」って起きてきそうなのに。
妻は、死んだ。死んでいた。
「……ぅぁあああああッ!」
まだ温もりの残る身体に縋り付き、泣いた。
最初のコメントを投稿しよう!