第一章 白い雪

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 稜線に辿り着くまでの急登は深雪を踏み固めながらツボ足を使っての登りで、予想どおり喘ぎの連続だった。いったん稜線に出れば強風で雪も痩せ負担も軽くなるだろうと高を括っていたが、実際は胸元まですっぽりつかる深雪。すぐ輪カンをつけ全身を使っての苦しいラッセルとなった。 途中、喘ぎ喘ぎ気分転換になんども前方をみる。が、そのつど気の遠くなる幅と奥行きを持った白い世界が広がるばかり。非力を痛感する。日は目が眩むほどに照り輝き、辿る稜線のはるか向こうに紺碧の空が開けていた。それに向かって、足下から急速にせり上がる雪原が、黒々とした岩と先端で複雑に交わりあい、鋭い角度で共に突きささっていく。圧倒的な山の眺めだ。  荘厳な山の景色を礼賛するのもその一瞬だけ。あとは過酷を極めたラッセルが延々と続く。登山が愚行に思え、二度と繰り返すまいと決心する。一歩ごとに斜面が威圧的になり、自分が微小な単体動物になってゆく。やがて身も心も、単純な生理作用に還元されてしまうころ、雪に埋もれた小屋の一部が不意に前方に現れた。冬季に閉鎖する無人の山小屋だ。ここを分岐点にいくつかの登頂ルートが方々に延びる。日はもう急角度で西に傾き始めていた。  深雪に苦しんだ大方のパーティーは予定時間を大幅にオーバーし、消耗しきって小屋に辿り着いた。他ルートも含め、その日入山したパーティーの最後の一人が到着したときは、もう午後の三時半を回っていた。     
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