第一章 白い雪

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幸か不幸か、その日は早朝から風が弱まりだした。一行は迷った。この分だと下山を強行して大丈夫かもしれない。尾根筋を登りと反対にただまっすぐ下っていけばよい。樹林の入り口に着けば、そこから南の沢に下り、そのまま一直線で小屋にいける。迷うことはない。ただ一つ、南の沢へは取りつきがだらだら坂で、西の沢への下りに紛れ込んでしまう恐れがある。しかしこれも、磁石と地図を使う初歩的な技術さえあれば、大して難しくはない。ともかく、下山が遅れて遭難扱いにでもなれば、あとあとなにかと面倒なことになりかねない。その煩雑さを考えただけで、楽観論が多勢を占める結果になった。 「管理小屋にはオレたちから連絡しとくよ」  午前七時、下山を決意した十数名の下山組一行がそそくさと軽い朝食をすませ、いのこり組ににこやかなVサインを残して出発した。風は一行を庇うようにピタリと止んだ。  にぎやかだった小屋は急に閑散となった。  時間のやりくりに気をもむ気配のないいのこり組は、全部で四人だった。がらんとした小屋の隙間を埋めるように、だれからともなく自己紹介を始めた。  うち三人は勤め人ではなかった。  三十才前後のフリーのカメラマンを自称する青年、東京都内で開業医を営む五十がらみの医者、山岳映画制作に携わる年令不詳の女監督の三人で、みな比較的、時間に拘束されずにすむひとたちだった。   もう一人は勤め人だった。数年ぶりに北アフリカの赴任先から一時帰国したばかりの若い商社マンで、大事をとって天候の回復を待つ余裕が彼にあった。  下山組みが出発してから一昼夜が過ぎた。未明近くまた風が強まり、午後には吹雪きはじめた。一行の出発から一時間ごとにラジオのニュースを聞いていた四人は、ひとまず最悪の事態は避けられたと胸を撫で下ろした。遭難に関する報道は一切なかったからだった。     
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