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「…こんばんは」
蛍光灯の光が揺れた。
…叶うことなら、ただの幻聴だと思いたかった。
肩を震わせながら、錆びた人形のように首を回し顔を向けていく。心臓が恐悸し、指先に痺れが走った。
「……」
明るい闇の中。
人間ではないもの。異質なもの。
その腕には、白い桐の箱。黒い紐が、十字にきつく、何かを封じている。
それが着ている喪服は闇よりも黒く、艶やかに濡れていた。
青年はあの日のまま少しも変わらず、悲しげな黒い瞳は、涙の存在など知らないと言うように、優しく微笑んでいた。
「変わってないね」
聞き慣れた声、聞き慣れた口調で、青年は言った。
「…変わっていないのはお前の方だ」
俺の言葉に、彼はかすかに首を横に振った。
「変わったよ」
青年は鋭く目を見開いた。
刹那―――――――殺気。
巨大な光の珠が、左胸の皮膚を突き破って闇に飛び出した。
「…昔は、虚無だけを食べていればよかった」
その光の存在を感じ取ったように、青年の左腕が醜く歪み、黒く膨れあがった。
長く伸びた鋭い爪が、光の珠を荒々しく掴み、次の瞬間、それは握り潰された。
異形となった青年に光の死骸が降り注ぎ、光に触れた所から黒い煙が朦々と舞い上がる。煙は闇となり、光を次々と呑み込んでいく。
立ちこめる闇の煙に呑まれながら弱々しく煌々と燻る灯が、どうしようもなく美しく見えた。
命を引き剥がされた痛みは凄まじく、意識を失いそうになる。しかし、俺は最後の力を振り絞り、意識が宙に吸い取られていくのを必死で繋ぎ止めながら青年の腕を掴んだ。
右手の指に渾身の力を込めたのと同時に、体がバランスを失った。
一つの言葉が、喉の奥で、熱い煙となって消えた。
(涼…輔……)
体が鈍い音をたててアスファルトに打ち付けられた。白く熱い光が眼球を焼いた。
――――――何もかもが消えた。
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