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体中に力一杯の空気抵抗を受ける。
風はいつも感じるよりも冷たい。
だがどこか暖かいような気もした。
きっとバンジージャンプも体験してみたらこんな感じなのだろう。
数秒という時間の中で頭の中を駆け巡ったのはそんなくだらない妄想だった。
いつだってそうだ。緊急の時ほどどうでもいいことに思考が働く。
ジャムを塗ったトーストが手から滑り落ちて地面に落下する時だって「ジャムの面がどうか上になって落ちますように」と刹那的に祈ったり、遠くからきたサッカーボールが顔面を直撃する瞬間に「これに当たったら明日の数学の授業休めるかな」などと考えていたり、いつだって大事な時ほど時が止まったように現実の「Pain(苦痛)」から光の速度で目をそらしてしまうのだ。
結局僕はすべてから逃げてきたのだろうか。
結局僕は無意識のうちにすべての弊害に背中を向けていたのだろうか。
「三秒前」の今考えることではなかった。
そうして二秒、一秒と迫った最後の「生」の中で僕の脳裏を駆け巡ったのは、ボンクラな上司や癪に触る同僚、いつまでたっても学の身につかなかった母親やセックスの下手だった彼女との思い出ではなく、読みかけだった「トニオ・クレーゲル」のことであった。
トニオは、「愛」を見つけることが出来たのだろうか。
見つけていてほしい。
そうして「その時」が訪れた瞬間、僕は激しい痛みと引き換えに、永遠の「安らぎ」を得たのだった。
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