§13

4/4
前へ
/80ページ
次へ
 陽輔のパンの威力は絶大だ。嘘やごまかしは一切通用しない。 「料理の脇役だなんて、言わせない」 「唯吹」  一度立ち上がった陽輔が椅子に座り直した。 「あ」  かぶりつこうとしていたパン・オ・レザンを取り上げられる。 「唯吹は、俺と俺の焼いたパンと、どっちが好きなんだ」 「……は?」  何かの冗談かと思ったが、陽輔は至って真剣な眼差しで唯吹の顔を睨んでくる。 「なあ、どっち」  思わず、「ぶはっ」と吹き出してしまった。 「その二者択一で来るとは思わなかった」  拳を手に当てて、笑い声をこらえる。 (仕事と俺と、どっちが大事なんだ)  そんな風に責められて倦んでいた日々が、はるか遠い昔に思える。  陽輔がむっとした顔になった。 「しょうがないだろ。俺のパン食ってるときの唯吹があんまり可愛い顔するから、ときどき心配になるんだよ」  顔を隠していた手を陽輔の手に捉えられて、きゅっと握られる。高い鼻が、唯吹の鼻先をかすめるように傾けられる。 (あ)  押し切られたキスは、焼き立てのパン・オ・レザンよりもずっと、舌に甘い。  もう二度と、この舌で嘘なんてつけなくなりそうだ。 (了)
/80ページ

最初のコメントを投稿しよう!

960人が本棚に入れています
本棚に追加