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「でもね、久住さん。僕は今朝もここのバタールにこの発酵バターを載せて食べたんですが、もう昇天しそうなほど美味しかったんですよ。今日ほど、久住さんが焼くクロワッサンが食べたいと思ったことはなかった」  陽輔は難しい顔のまま、唯吹がカウンターの上に置いたバターのサンプルに目をやった。フランス語のロゴが、紙の小箱に焼き印のようにデザインされている。 「こんな高級なのを使った日には、クロワッサンの単価が四百円とかになっちまうだろ」  唯吹はすかさず首を振った。そんな目先の利益で営業をしているわけじゃない。 「別にこのバターを使っていただかなくたっていいんです。ただ僕は、久住さんのパンの美味しさをもっと多くの人に知ってほしくて、何らかの形でそのお手伝いができたらと思うんです」  そう言って、改めて店内をぐるりと見回す。 「正統派のフランスパンを焼く久住さんの腕は本当に大したものだと思います。それ一本で勝負しようというお気持ちもわかります。でも客としては、もっと気軽に手に取れるパンもあればなあ、と思うんですよ」  こんな話を続けている間も、店には一人も客が入ってこない。店構えも品揃えも店主の人柄も、どれをとっても素人にはハードルが高いのだ。毎日のように仕入れに来るカフェなどもあるようだが、個人客は、よほどこだわりのある者以外はわざわざ買いに来ない。 「試しにもっと女性受けするパンも置いてみてはどうですか」     
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