§1

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 昔より理解は深まっているとはいえ、日本社会はまだ、性的マイノリティに対して寛容とは言い難い。差別という自覚のないまま笑いのネタにする人間もいるし、「へえ、本物初めて見た」などと言われることもある。もう慣れたつもりでいても、地味に傷つく。それでも自分の性向を隠さないのは、隠しておくとさらにしんどい目に遭うからだ。  面と向かって「ホモは嫌いだ」などと言う人間は少ないが、唯吹がそうだと知らないうちは、気安く本音を口にする人間も多い。  陽輔もそういう本音の持ち主だろうか。  強面で無愛想だが、ごまかしのない、確かな味のパンを焼く。嘘のつけない人なのだろうと思う。それだけに怖い。彼に「そういう人間とは付き合いたくない」などと言われたら、しばらく引きずってしまうだろう。 「……今は、誰とも付き合ってませんけど」  ところが、陽輔は食い入るような視線で唯吹の顔を見つめたまま「それはよかった」とつぶやいたのだ。 「え?」  何かの聞き間違いかと思って、幾分引き気味にしていた身体を元に戻す。その耳に、信じられない言葉が飛び込んできた。 「椎名さん、頼む。俺の恋人になってくれ」 「え……ええええ?」  小さな店内に、唯吹の悲鳴が響き渡った。
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