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唯吹の場合、実家の両親は息子が女性に興味がないとなんとなく察していたようだが、それでもはっきり打ち明けたときはそれなりにショックを受けていた。晃輔にとっては、青天の霹靂以外の何者でもないだろう。
「焦んなくていいって。時間をかけて少しずつ、認めてもらおう」
半ば自分に言い聞かせるように言う。老舗洋食店を納得させられるだけの仕事をしている自信がつけば、いずれ、陽輔の恋人だと堂々と自己紹介できるようになるだろうか。
険しい顔をしていた陽輔が、ふっと眉間の皺をほどいた。
「それって、これからも長いこと一緒にやっていこう、って意味でいいんだよな」
「……当たり前だろ」
「唯吹。顔、赤い」
「あ、莫迦。表から見える」
テーブル越しに身を乗り出して顔を近づけてくる陽輔を、慌てて遮る。
「ちぇ」
「ちぇ、じゃない。ちゃんと仕事しろよ」
「客いないんだからいいだろ」
「俺だって客なんだけど」
渋々立ち上がる陽輔に、追加の注文を出す。
「夕方でいいから、パン・オ・レザンを持ち帰りで十個くらい用意しておいて」
その言葉に、カウンターに向かおうとしていた陽輔が呆れ顔で振り返った。
「……太るぞ」
「莫迦、自分用じゃないよ。『鶺鴒亭』に手土産で持っていくんだって」
陽輔が目を見開く。唯吹は手に持ったパン・オ・レザンを誇らしげに掲げてみせた。
「これを食べさせれば、陽輔が本気でパン屋しかやるつもりがないって伝わるよ」
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