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「本当ですか」
仕事が絡むのなら話はまったく別だ。一晩食事に付き合って契約がもらえるなら、接待と変わらない。
「わかりました、引き受けます」
飛びつくように頷いた後、唯吹は急いで付け加える。
「ただし、ひとつ注文をつけさせてください」
陽輔は腕組みをすると、警戒するようにわずかに首を傾げた。
「注文?」
「はい。どうせ食事をするなら、美味い店に行きましょう」
陽輔が、ぽかんと口を開ける。
「え……そこ?」
「そこです。当然です」
これだけ美味いパンを焼くのだから陽輔は舌も確かだろうが、念を入れておくに越したことはない。ふりとはいえ、デートで不味い料理を食べさせられるのだけは願い下げだ。
目の前でいきなり、陽輔が「ぶはっ」と変な音を立てた。
「そう来るとは思わなかった」
拳の甲を口に当てた陽輔の、眉間ではなく目尻に皺が寄っている。初めて見る陽輔の笑顔は、普段の仏頂面に輪をかけて武骨で不器用だ。それでいて、焼き立てのパンのようにあたたかい。
「あんた、変わってるな」
まずい、と本能的に思う。こんな笑顔を見せられて、ときめくなという方が無理だ。
「失礼な」
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