§2

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§2

 繁華街というほどの賑わいはないが、閑静な住宅街と呼ぶほど気取った雰囲気でもない。どことなく文化的な香りのする街並みに、古い建物がごく自然に溶け込んでいる。  唯吹は「鶺鴒亭(せきれいてい)」という店名と小鳥をデザインしたレトロな看板を見上げた。  陽輔が持ちかけてきた頼み事というのは、思いもかけないものだった。 「恋人の、ふり?」  目を白黒させる唯吹に、陽輔は悪びれもせずに頷いた。 「といっても、来月の土曜日に一晩、一緒に食事をしてくれる程度でいいんだ」 「あの、一体どうして」 「その日、俺の誕生日なんで。翌日はちょうど店の定休日だし」 「いや、日付じゃなくて……なんで男の俺に頼むんですか。久住さん、ゲイなんですか」  期待する気持ちがゼロだったといえば嘘になる。だが陽輔は、思い詰めたような顔で首を横に振った。 「違う。それなのになんでこんなことを頼むんだ、って思うだろうけど、理由は訊かないでほしい」 「ええと……」  何やら深刻な事情がありそうだ。安請け合いするのはためらわれる。しかし、続く陽輔の言葉にぐらりと心が動いた。 「その代わり、付き合ってもらえたら『アルカディア』の商品の取り扱いを検討する」     
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