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 黒い椅子が光の中で主役を待っていた。  今年のチェロ部門のエントリーは二十四名、本選に出場できるのは十名前後。  参加者の多くは国内外のコンクールの入賞歴を持つ名立たる顔ぶれ。本選に残ることすら難しいかもしれない、というのが冷静に自分を客観視した上での予想だ。それでも参加を決めた。というのも、このコンクールに出場すること自体に意味があったから。他のコンクールでは意味がない。四年前、神木が優勝したこのコンクールじゃなければいけなかった。  馬鹿げていると思う。でも、未練を引きずり続けた俺自身に決着をつけたかった。  名前が呼ばれる。意思とは関係なく、靴先は光の中へ進んでいく。そして歩むほど指先が冷たくなる。  チェロ台に上がると客席全体を見渡すことができた。二次選考の会場である小ホールは、最後列まで聴衆の顔が判別できる。  シンと静まりかえる中、音を立てずに弦に弓をあてる。力み過ぎて滑り落ちそうになったが、頭は驚くほど冴えていた。
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