29人が本棚に入れています
本棚に追加
黒シャツにジーンズ。演奏を聴いているとき腕を組む姿は四年前と変わらない。
その一瞬で、暗譜していたはずの音符は一瞬で砕け散る。
第一旋律にくらべ滑りやすい三連符の中盤でテンポを崩し、力んだまま終盤に入ってしまった。再三指導されていた箇所なのに。見上げれば本選に残ることを諦めた俺に気付いたのか、不機嫌そうに締まる神木の口元に気付く。
何も変わっていない。懐かしさとともに、薄暗い過去が瞬時に現実のものとなる。俺の目から落ちる涙を見た審査員がいたとしたら、おそらく俺が失敗を悔しがっていると勘違いしたに違いない。
演奏が終わったその日のうちに、最終選考に進む候補者の発表がある。楽屋で楽器を片付け、タイすら取らずに急いでホワイエに出た。静かな緊張感が漂っているその場所で、俺は人混みを横切る背中に向かって声を上げていた。
「神木!」
そのまま人混みの中に消えてしまうんじゃないか。
最初のコメントを投稿しよう!