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 黒シャツにジーンズ。演奏を聴いているとき腕を組む姿は四年前と変わらない。  その一瞬で、暗譜していたはずの音符は一瞬で砕け散る。  第一旋律にくらべ滑りやすい三連符の中盤でテンポを崩し、力んだまま終盤に入ってしまった。再三指導されていた箇所なのに。見上げれば本選に残ることを諦めた俺に気付いたのか、不機嫌そうに締まる神木の口元に気付く。  何も変わっていない。懐かしさとともに、薄暗い過去が瞬時に現実のものとなる。俺の目から落ちる涙を見た審査員がいたとしたら、おそらく俺が失敗を悔しがっていると勘違いしたに違いない。  演奏が終わったその日のうちに、最終選考に進む候補者の発表がある。楽屋で楽器を片付け、タイすら取らずに急いでホワイエに出た。静かな緊張感が漂っているその場所で、俺は人混みを横切る背中に向かって声を上げていた。 「神木!」  そのまま人混みの中に消えてしまうんじゃないか。
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