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「何、泣いてんだよ。目赤いぜ。確かにガヴォットは酷かったな。でもカプリースは良かった。懐かしい、倫の音だ」
飄々とした口調、まるで時が止まったように、高校時代がフラッシュバックする。昨日も一緒に並んで練習していたかと錯覚するくらい。俺がずっと待ち望んでいた神木そのものだ。
「結果見にいかねーの?」
首を横に振った。正直、自信がない。
ミスなく完璧に弾きこなせたならともかく、将来性を買われるほどには、技術も音楽性もあと一歩足りないことは自分が一番解っている。大体四年生にもなって、就職も決まってからコンクールに応募するヤツなんて俺以外知らない。受賞ではなく最終に残ることが目標のような状態で――さっきの失敗だ。
それでも神木に背中を押され、発表の白い紙の前に立った。案の定というべきか最終選考に自分の名前はなかった。
神木は淡々と白い模造紙を眺めていた。自分の時のことを思い出しているんだろうか?
落ちたことに落ち込むと同時に、四年前の興奮を思い出す。
「残念だったな」
「いや……まあ、こんなものだ」
納得したような顔をして、悔しさを隠す。この数か月間、寝食削って練習してきたのは事実だ。できることなら神木が最終選考で弾いたドヴォルザークを弾きたかった。
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