第1章 懐かしい眼差し

28/48
174人が本棚に入れています
本棚に追加
/222ページ
6  バイトが終わって、店を出てから携帯を確かめると、大和から連絡が入っていた。  昨日の煮物のお礼と、タッパーを返しにわたしの家まで一緒に行くからバイトの帰りに家に寄って、という内容だった。  歩きながら承諾の旨の返事を簡単に送ると、すぐに「待ってる」と返ってくる。大和は今日はバイト休みの日だから家にいるのだろう。  大和は、我が家からおすそ分けを貰うと、後日必ず直接お母さんにお礼を言いに来る。わたしに言付けるだけでも構わないのに、そういう礼儀は忘れない。大和にしてみればそれは当然のことのようで、うちの親に気に入られたいとかそういう下心のようなものはなさそう。まあ、子どもの頃から知ってるし、今さら気に入られるも何もないのだろうけど。  そんなことをぼんやり考えながら歩いているうちに、ふと昨日の帰り道のことを思い出した。  昨日はこの道を葵と一緒に歩いたっけ。  葵――彼は不思議な人だ。  葵には初対面の人に対する特有の緊張感をなぜか感じなかった。わたしにしてみれば、会ったその日に名前を呼び捨てにするなんて普通では考えられないことだ。今思えば、抵抗感がなかったのが不思議でならない。  葵のことは何も知らない。昨日の会話はほとんど世間話のようなもので、個人的なことは全く話さなかった。もっといろいろ聞けばよかったかな、と今になって思う。  こんなふうに考え込むぐらいなら、本人にいろいろ聞いてスッキリした方が良かったような気がする。大学はどこなのかとか大和とはどんな友達なのかとか、本当は妃実ちゃんとも知り合いなんじゃないかとか。  聞きたいことはもっとある。  どうしてわたしはあなたを見て懐かしい気持ちになるんですか?  あなたを見ると胸が痛くなるのはなぜですか? 「あなたは誰ですか」――そう聞いたら彼はどう答えるだろう。  そう考えて、わたしは一人失笑した。「あなたは誰ですか」なんてずいぶん曖昧な質問だ。そんなこと聞かれても葵だって困るだけだろう。
/222ページ

最初のコメントを投稿しよう!