第1章 懐かしい眼差し

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  *    *    * 「今日はお客さん引けるのが早いみたいねー」  バイトの先輩、夕子さんがカウンターに頬杖をついてホールを覗きこんできた。ホール側でちょうどカップを補充し終えたわたしは、振り返って夕子さんに応える。 「今日日曜日だからでしょうね」  客席には4、5組のお客がいるだけだ。食後にゆっくりしている人たちがほとんどである。壁の時計は午後8時40分を示している。いつもならもう少し賑わってもいるけど、日曜日のこの時間はたいていこんなものだ。週の初めくらいは早く帰宅して次の日に備えたいと思う人が多いのかもしれない。  ここはわたしがバイトしている喫茶店。個人で経営しているお店だけれど、それなりに広く、繁盛している。喫茶店と言っても軽食もデザートもわりと充実しているし、なにより駅から徒歩5分圏内という好立地のおかげだろう。  わたしがここで接客のバイトを始めたのは今年の四月に大学に入ってからだ。店長は気のいいおじさんで、バイトの仲間もみんな良い人たちだ。とても居心地のいい場所である。家からも近いし、ここを見つけられて本当に運が良かったと思っている。  夕食時のピークを過ぎた今は、わたしと夕子さんの他に、もう一人高校生の(たいら)くんという男の子がいるだけだけど、三人でも十分ゆっくりとやっていけるほど落ち着いている。  上がりまであと二十分。このまま穏やかに終わってくれればいいけど。 「いらっしゃいませー」  平くんの声に夕子さんとのお喋りを中断する。反射的に「いらっしゃいませ」と声を上げたわたしは、店の入り口に立つ人を見て動きを止めた。  ――目を疑ってしまった。そこにいたのは、昼間知り合ったばかりの「久遠葵」その人だった。
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