第1章 懐かしい眼差し

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 一度打ち解ければ、葵はとても話し易い人だった。何気ない話でも途切れることなく会話が続く。初めのうちに感じていた戸惑いも不思議な「懐かしさ」も、話しているうちに薄れていた。  ごく普通に友人と話しているようだ。  大きな幹線道路を横切る横断歩道を信号待ちする。さっき赤に変わったばかりだからあと三分は待たないといけない。  遠くの方から救急車のサイレンの音が聞こえてきた。それは確実に近付いてきている。  あ、たぶん、この前を通るな……。  思わず、ぎゅっと両腕を抱いた。 「どうした?」  葵の声かけに、慌てて笑顔を作って首を振った。 「何でもないよ」 「そう?」  葵が首を傾げる。そのタイミングで救急車がわたしたちの前を通り過ぎた。固く目を閉じてしまったのはほとんど無意識だった。 「里珠。信号変わるよ」  葵の声に目を開けた。周りの人が歩き始める。救急車の音はとうに遠ざかってもうほとんど聞こえなくなっていた。 「ご、ごめん、行こ――」 「もしかして、救急車が駄目とか?」  横断歩道に一歩踏み出そうとしたわたしを、葵の言葉が止めた。 「里珠、救急車が苦手?」  ズバリと言い当てられ、わたしは力なく笑った。 「――うん」  横断歩道を渡るのは諦めた。観念して葵を見上げる。 「救急車がだめというか、サイレンの音が苦手。どうしてだか気分悪くなってくるの」 「原因は?」 「わかんない。あまり考えたことない」  本当にそうなのだ。苦手なものは苦手。原因など考えたことはない。
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