第1章 懐かしい眼差し

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 信号が再び変わり、車が動き出した。車の走行音で辺りがまた煩くなる。 「……実はオレもさ。救急車は苦手なんだ。サイレンの音も」 「え?」   思わず目を丸くすると葵が小さく息をついた。 「だけど、オレはちゃんと原因があるんだよ」  興味をそそられる言葉だ。つい身を乗り出してしまった。 「原因、何?」 「知りたい?」 「う、うん、知りたい」 「本当の本当に知りたい?」 「知りたい!」  ここまで言われると必要以上に気になるものだ。  ややあって、葵が口を開いた。 「――だめ。教えない」  意地悪そうに小さく舌を出して笑う葵。一気に気が抜けた。 「それはないでしょ、期待させといて!」  怒ったふりをして葵の肩を軽く叩こうとした――その時。 「痛っ!」 「うわ!」 『バチッ』という何かが弾けるような音と共に、手に鋭い痛みのようなものが走った。突然のことにわたしも葵もつい声を上げてしまった。 「な、何、静電気?」  そう、今のは冬場によく起きる静電気だ。たまにドアノブなどを触れる時に起きたりするあの感覚によく似ていた。あれよりも少しだけショックを強くした感じだ。 「びっくりした……」 「ああ……」  葵もまだ呆けたように腕をさすっている。 「驚いたね……今日乾燥してんのかな」 「――かな」  二人で顔を見合わせて情けなく笑いあった。  この「静電気」が今後のわたしたちを苦しめることになるとは、この時には知る由もなかった。
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