第1章 懐かしい眼差し

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「あ……やっぱり、なんでもない」  咄嗟に質問を撤回した。両親がようやくハッとしたように表情を動かした。 「里珠、どうしたの、突然?」  お母さんは穏やかな笑顔を作り平静を装ってはいるけれど、その内心の動揺がなぜか今のわたしには手に取るようにわかってしまった。  お母さん――怯えている?  ちらりとお父さんを見ると、さっきまでのご機嫌そうな笑顔はすっかり消え、むっつりとした顔でビールを口に運んでいる。  急激に動悸が激しくなった。  ……嫌な感じがする。  もう一度お母さんに目を戻して、笑って首を振った。 「ごめん、なんでもないよ」 「あ、里珠!?」  お母さんの呼びとめる声にも応えずそのままバタバタと居間を出た。部屋への階段を駆けあがりながら、胸をぐっと押さえた。  嫌だ、嫌な感じだ。  お母さんの怯えたような反応も、お父さんの不機嫌も、わたしの些細な質問のせいだ。 『救急車嫌いって理由があったっけ?』  ただそれだけの質問。  だけど、両親にとっては「些細な」質問ではなかったのかもしれない。  何故? どうして? 頭を回る疑問、そして混乱。  自室に入りドアを閉めて、すぐに何度か深呼吸をした。それでもなかなか動悸は治まらなかった。
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