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ピアノ、好き?
ううん好きじゃない。だって、全然うまく弾けないし、練習も好きじゃないし。
じゃあ、辞めるの?
辞め、ない。
どうして?
だって……。
『だって』
どこか遠くに感じていた会話がだんだんと近くなって、いつの間にか自分の声と重なっていた。ふと気付けば、わたしの隣には不思議そうな顔で首を傾げるあの人がいた。よく知った、大好きな人。その人がじっとわたしの答えを待っている。
わたしは俯いて声を振り絞る。
『だって、もうちょっと上手になったら、一緒に弾ける、かもしれない……し?』
少しだけ間をおいて、彼が言った。
『じゃあ、頼んでみようよ。今度の発表会、二人で連弾させて下さいって』
驚いて顔を上げた。彼はただニコニコと笑っている。大好きなその笑顔にもう何も言えなくなった。
嬉しさと恥ずかしさと、何かわからないポカポカとしたものが胸に込み上げて来て。
ああ、なんて幸せなんだろう。
そんなことを思ったりした。
――そんな懐かしい夢を見た。
懐かしすぎて、目が覚めてからもしばらくその余韻に浸っていたわたしは、ゆっくりと瞬きをしてようやく体を起こした。
それでも、まだ夢の「残り香」が体の周りに纏わりついているような感じだ。けっして悪い気はしない。だけど、懐かしすぎて「悲しい」。
「……まあいっか」
気持ちを紛らすように、大きく欠伸交じりの伸びをした。朝から物思いにふけっている時間はない。
「よいしょ!」
わざと威勢よく声をあげて、ベッドから下りた。
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