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「おはよう、里珠」
駆け寄るわたしに気付き、大和がいつものごとく爽やかに声を掛けてくれる。「おはよう」と答えながらわたしは彼の隣に並んだ。
わたしたちは、お互いの講義の時間が合う日はたいてい一緒に駅まで向かう。とくに約束はしていないけれどいつの間にかそれが当たり前のような感じになっていた。
大和の家から駅までの十五分、通り慣れた道を二人で肩を並べて歩く。この時間がわたしは大好きだった。
「あ、そうだ。あ――」
葵、と名前を出そうとして、思いとどまった。昨日の電話を思い出し、迂闊に口にしてはいけない気がしたのだ。大和はそんなわたしに少しだけ苦笑する。
「葵?」
優しく首を傾げて問いかけてくる大和に、わたしはためらいつつ頷いた。
「そ、そう。葵、昨日大和んちに泊ったんだよね? もう帰ったのかなって」
大和はいつも通りの笑みを浮かべて小さく首を振った。
「葵ね、しばらくウチに泊ることになったから」
「え?」
「いろいろ事情があるみたいで。だから、里珠ともこの先顔合わせることあるかもしれないけど」
大和が改めてわたしに目を向けた。
「その時は仲良くしてやって」
「え……うん」
自分の彼氏に他の男の人と「仲良くして」と言われるのもなんだか微妙な感じ。もちろん、大和は変な意味で言ったわけではないのだろうけど。
「じゃあ、あの人今もまだ大和の家にいるの?」
「いや。今朝はもうどこかに出かけたみたいだな――なに、あいつのこと気になる?」
冗談っぽく顔を覗きこんでくる大和に、慌てて首を振った。
「べ、別にそういうわけじゃ」
焦るわたしの言葉を遮るように、ポン、と頭の上に手が置かれた。
「ごめん、じょーだん」
「――!」
大和がわたしの頭を抱きかかえるように自らの体に寄せる。ふわりと大和の匂いに包まれ、一瞬で頭に血が上ってしまった。
「ちょ、やめ……朝からっ! か、髪が乱れるから――!」
「なに、じゃあ夜だったら乱してもいいの?」
「や、大和っ!」
「ハイハイ、里珠は照れ屋だなぁ」
クスクスと笑いながらおまけのように頭を一度軽く叩いて、大和はわたしから手を離した。 わたしは髪を整えるふりをして必死に動揺を抑える。
心臓がバクバクしていた。
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