第1章 懐かしい眼差し

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 つい足を止めてしまったわたしに、大和も不思議そうにその方向に目を向ける。 「……葵」  大和がポツリとその人の名を呟いた。  右側前方にある小さな通りの横断歩道の前にその人は立っていた。斜め後ろからしか見えないけど確かに葵だ。何をするでもなくただ立っている。信号待ちをしているのではない。その信号は既に青だ。ポツリと立っているのは葵だけ。通りすぎる人が訝しげに彼を振り返っていく。 「な、何やってるんだろう?」 「……さあね」  大和は葵のいる横断歩道とは反対の方にサッと向きを変えた。駅に行くには確かにそちらに曲がるのだけど、その素っ気ない態度が気になった。 「大和? 声かけないの?」 「いいよ、子どもじゃあるまいし。ほっといていいって」 「で、でも」 「里珠、いいから」  柔らかに、それでも反論を許さない調子で大和が言う。スタスタと先を歩く大和にもう何も言えなくなった。  確かに葵は子どもじゃない。いちいち声かける必要はないのかもしれない。だけどあんなふうに立ち尽くしてるなんて、気になるじゃない。  それに、そんな葵を気に留めようとしない大和のことも。  大和の隣に並びながら、チラリと後ろを振り返ってみた。  葵は同じ場所にまだじっと立ち尽くしている。  その目は前を流れる車の列を見つめているのか、それとも別の何かを見ているのか、わたしにはわからない。   もしかしたら、大和にはそれがわかっているのかも――どこか頑なな大和の横顔を見ながら、なぜかそんな気がした。
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