第1章 懐かしい眼差し

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1 「んじゃ、行ってくるね!」    居間に顔だけ覗かせて声をかけると、せんべいをかじりながらテレビを見ていたお母さんが、目を丸くして振り向いた。 「あら、もう行くの? 三時からでしょ、早くない?」  確かに、今はまだ一時になったばかりだ。早いと言えば早いけど。 「んー。バイト行く前にちょっと大和(やまと)んちに寄ってくから」  隠すことなく言うと、お母さんも「あら、そう」と平然と答えた。わたしと大和の付き合いは、もうすっかり公認だ。 「ということで、行ってきます」 「あ、里珠(りず)、ちょっと待って!」  お母さんが慌てたように立ち上がった。 「大和くんち行くなら、昨日の煮物持ってってあげなさいよ。残り物で悪いけど」  そう言いながらバタバタと動き出している。わたしは大袈裟なため息をついた。 「いらないって。大和、今日外で食べるかもしれないでしょ。そしたら無駄になるじゃない」 「あんたが外食ばかりじゃ駄目よって大和くんに言ってあげなさいよ。どうせ手料理作ってやるなんて気がきいたことやってないんでしょう。これ、冷蔵庫に入れれば明日までは持つだろうから――はい」  タッパーに移した里芋の煮物を手早く風呂敷に包み、お母さんはそれを差し出した。渋々それを受け取る。 「……まあ、大和はお母さんの料理が好きだから、そりゃあ喜ぶとは思うけど」 「でしょー。さ、ほら。いってらっしゃい!」 『お母さんの料理が好き』の言葉がよほど嬉しかったのか、お母さんは満面の笑顔でわたしの背を押した。我が母親ながら本当に単純だ。
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