第1章 懐かしい眼差し

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 十月に入って、ようやく「涼しい」という言葉がぴったりの気候になった。日差しもうららかで心地いい。のんびりと歩きながらその日差しを楽しむことにする。    大和の家はわたしの家からほんの二、三分しか離れていない。かなり近所だ。つまり、わたしと大和はいわゆる「幼なじみ」である。学年は大和の方が一つ上だけど、昔から何かとよく一緒に遊んだ。大和のお母さんがわたしのピアノの先生でもあったからだろうと思う。家に行くことが多かったから。  この辺りでも一際大きな二階建ての家の前で足を止めた。表札にはお洒落なローマ字で「YUZUKI」と書かれている。漢字で書くと「柚木」である。この大きな家が大和の家だ。この家に今は大和一人で住んでいる。  大和の両親は今イギリスにいる。一年半ぐらい前に、海外赴任になった大和のお父さんに美和先生(わたしは未だに大和のお母さんをそう呼んでいる)も一緒について行った。当時大学に進学したばかりだった大和は日本に残ることになり、以来ここには大和一人だ。  立派な門構えにも臆することはなく、わたしはドアホンを押した。昨日この時間に行くように伝えておいたから、たぶん中にいるはずだ。だけど、しばらく待っても応答がない。 「あれ……?」  どこかに行ってしまったのだろうか。それとも寝てるとか。  もう一度ドアホンに手を伸ばした時、後ろから「里珠!」と呼び掛けられた。そこにいたのは、自転車に乗った、ショートカットの良く似合うスラリとした女の子。 「妃実ちゃん」  妃実ちゃん――君島妃実香(きみじまひみか)もこの近所に住む幼なじみだ。一見ボーイッシュだけど、とても美人。大和と同じで一つ年上だ。
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