第1章 懐かしい眼差し

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「おひさー。何、今日はお家デートなんだ?」  からかう様な口調に、わたしはただ笑った。 「そういうわけじゃないよ。でも、出ないんだよね、大和」 「あらま。寝てんじゃないの?」  妃実ちゃんは自転車から降りてわたしの隣に来ると、遠慮なくドアホンを連打する。呆れ半分で、自分より少し背の高い妃実ちゃんの横顔を見上げた。 「ちょっと妃実ちゃん。それやりすぎ」 「だって、出ないんでしょ」  妃実ちゃんはさらに連打。もう十回以上は押してそうだ。 「……出ないわね」 「うん」  ここまでやっても応えないところをみると、やっぱり留守なんだろう。ちゃんと言っておいたのに忘れたのだろうか。別に大した用事があったわけではないしそれはそれで構わないのだけど、問題はこれだ。  ため息をつきながら風呂敷包みを持ち上げた。お母さんから持たされた煮物。門の前に置いて行くわけにもいかないし、持ち帰らないとだめか。ちょっとした手間だけど、それがかなり億劫だったりする。  妃実ちゃんが包みを見て首を傾げた。 「それ何?」 「うちのお母さんの手料理。大和に持ってけって。でも持って帰らなきゃ」 「あー、それは面倒ね。大和、ちょっと買い出しに出てるだけかもよ。もうちょっと待ってみたら? わたしも付き合ってあげるし」  そう言って妃実ちゃんは門に寄りかかった。ガシャン、と派手な音は立てたものの、立派な鉄の門は少しも揺るがない。 「妃実ちゃん、どっかに出掛ける途中だったんじゃないの?」 「うん、でも別に急ぎじゃないもん。ちょっと本屋にね。取り寄せてた画集が入ったって連絡来たから」 「そうなんだ」  妃実ちゃんは美大の学生だ。言っている「画集」はその関係のことだろうと想像しながら、わたしも妃実ちゃんと同じように門に寄りかかった。バイトまではまだ余裕があるし、わたしも時間の心配はなさそうだ。
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