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大和がどこか困ったような笑みを浮かべ、その彼の肩を抱くようにしてわたしたちの前に押しやった。そしてたっぷりと間を取り、ゆっくりと彼を紹介した。
「こいつ――久遠葵、だよ」
その直後、ばさり、と音がした。妃実ちゃんが持っていた自分のトートバッグを落としたのだ。
「妃実ちゃん?」
妃実ちゃんは目を真円に近いくらい見開き、ゆっくりと口許を両手で覆う。その手が――体全体が小刻みに震えていた。見開かれた目が注ぐ視線の先には久遠さんがいる。
「うそ……」
うわ言のような呟きが妃実ちゃんの口から漏れた。
「葵のわけが――」
妃実ちゃんの体が膝から崩れ落ちる。
「! 妃実ちゃん!」
つい手を出して体を支えたけれど、重くて一緒に倒れそうになってしまう。それを免れたのは、大和が反対側から妃実ちゃんの体を支えてくれたからだ。とりあえず、ホッと息をつく。
それにしても、どうしたの妃実ちゃん……久遠さんを見て?
振り返ると、久遠さんの真っ直ぐな視線とぶつかった。
「!」
わたしは思わず息をのんだ。
久遠さんはわたしを見ていた。
倒れそうな妃実ちゃんではなく、それを支える大和でもなく、ただ真っ直ぐに、わたしだけを静かに見つめていたのだ。
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