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タイムマシンを作ってみれば
私は今、幸福の絶頂にいる。
愛しい妻と可愛い一人娘がいて、研究者としても成功した。
そして、長年の夢だったタイムマシンが、ついに完成したのだ。
アインシュタインの相対性理論では、光を超える速度さえ出すことができれば、未来へは行けると予言されていた。
だが、私の完成させたタイムマシンは未来だけではない。過去へも行けるのだ。
素粒子どうしをぶつけて爆発させ、ビックバンに相当するエネルギーを生み——いや、まあ、理論上のことは、もはや、どうでもいい。
とにかく、せっかく完成したのだ。
すぐに使用してみよう。
「間宮くん。サポート頼むよ。とりあえず、十年後の今日にでも行ってみようかな」
私は助手の間宮に、異常があったときのサポートを頼んだ。
間宮はまだ学生だが、頭もよく、私の研究にひじょうに献身的だ。態度もマジメ。ただ、女みたいな甘い顔立ちのせいで、女性関係が派手なようだ。娘の愛花も好意をよせているらしい。それが、ゆいいつの心配な点である。
ともかく、私は十年後に旅立った。
きっと、私のこの活気的かつ偉大な研究が、人類の未来に大きく貢献していることだろう。人類の暮らしは根本から変わっているはずだ。
そんな期待をいだいていた。
ところが、十年後にたどりついたとき、私が見たのは、以前とさほど変わらぬ町並みだった。タイムマシンのタの字も話題にのぼっていない。
おどろいたことに、間宮が首相になっていた。
おまけに、間宮と愛花が結婚していた。
自宅をのぞいてみたが、どうやら、私は死んでしまっているようだ。
私はがくぜんとして、こうなったいきさつをさぐろうとした。だが、あせっていたので、少し過去に戻るつもりが、さらに十年後に飛んでしまっていた。
つまり、私の時代からいえば二十年後だ。
そこは、同じ日本とは思えないありさまに変貌していた。
独裁政権により、日本国民は自由をうばわれていた。反乱の意思ありと政府に目をつけられれば、冤罪であろうと、即日に死刑だ。
総裁は間宮である。
間宮は首相官邸を完全に私物化していて、そこに気に入った女を何人も囲っていた。
こっそり忍びこんだ私は、身も心もボロボロになった娘を見た。間宮による暴力と心ない言葉に、生ける屍となっていた。かけよった私を見ても、ベッドから起きあがれず、話すこともできず、ただ静かに涙を流すばかりだった。
調べてわかったことだが、タイムマシンが完成したしばらくあと、間宮は私を事故に見せかけて殺し、研究を継ぐという名目で、愛花と結婚した。
しかし、それは私の研究を自分だけで独占するためだった。間宮はタイムマシンをどこの機関にも発表することなく、その力を自分一人だけに使ったのだ。
そして独裁者となり、すべてを手に入れると、愛花を邪険にあつかった。
私の妻はすでに毒殺されているようだ。
このままでは、いずれ、愛花も死ぬだろう。もはや点滴からしか栄養をとることもできない。寝たきりで近いうちに餓死する運命だ。
私は怒りのあまり、我を失った。
間宮を野放しにするわけにはいかない。
あいつは悪魔だ。人間じゃない。
ヤツのために、日本国民全員が苦しんでいる。
いや、何よりも、私の可愛い娘を植物状態になるまで苦しめたことを許せない。
何もかも、私の責任だ。
私がタイムマシンを発明したばっかりに。
いや、間宮のような悪魔を信用してしまったばっかりに。
私は間宮を始末することにした。
現代には帰らず、いっきに過去へとさかのぼった。
あんな男は生きていちゃいけないんだ。
未来から三十年、過去に戻った。現代より十年前だ。間宮はまだ十二さいの小学生のはずだ。
十年前なので、手持ちの金が、そのまま使えた。
私は包丁を購入すると、学校帰りの間宮のあとをつけた。
子どものころの間宮を見るのは初めてだが、ひとめでわかった。なんというか、いやにキレイな子どもだ。悪い大人なら、さらっていくかもしれない。
あまりにも愛らしい風貌なので、つかのま、決心がにぶる。
それがよくなかったのだろう。私が包丁をにぎりしめ、かけよったときには、間宮は尾行者の存在に気づいていた。
背後から刺そうとした私に、ふりむきざま、間宮のヤツは催涙スプレーを吹きかけてきた。可愛い子どもだから、日ごろから防犯グッズを身につけていたのだ。
涙がボロボロ流れて、目をあけていられない。
だが、私は必死で包丁をふりまわした。
ぎゃッという子どもの悲鳴が聞こえた。
「おい、きさま! 何してるんだ! 人殺しめ!」
周囲から大人がかけつけてきた。
私はやむなく、タイムマシンに乗り、現代に戻った。
間宮に深手を負わせたのはたしかだ。
だが、確実に殺せたかどうか、自信がない。
祈るような気持ちで、タイムマシンをおりた。実験室のなかには、妻と愛花しかいない。間宮の姿はない。
「おかえりなさい。どうだった? あなた?」
「お父さん。成功したの? 気になるよ! 教えて」
私は思いきって、たずねてみた。
「間宮は? どこにいる?」
すると、妻と愛花は首をかしげた。
「それ、誰ですか?」と、妻は言った。
愛花はしばらく考えこんだあと、こう答えた。
「うーん、同じ大学の間宮くんのこと?」
愛花は私の研究の手伝いがしたいと、私が教授をつとめる大学に入学した。もちろん、実力だ。したがって、間宮とは同じ大学の同級生ということになる。
「その間宮だ」
「あの人、暗いから、話したことないんだよね」
「暗いのか?」
あんなに人なつこくて、誰にでも自分の魅力が通用することを自慢にしていたふうのヤツが?
別人の話を聞くようだが、愛花の次の言葉で納得した。
「だって、あの人、子どものころに通り魔におそわれて、顔にものすごい傷があるんだよ。感染症で傷が壊死したって、聞いたなぁ。けっこうイジメられたんじゃない? だから、誰とも話さないんだよ」
「そうか」
ほっとした。
間宮は命こそ助かったものの、彼の一番の財産とも言うべき美貌を失った。もう誰も彼の甘い顔にだまされることはないし、性格も陰気になり、とても政界に出馬などしそうにない。
これでよかったのだ。絶望的な未来が変わった。
その後、大学のろうかで間宮とすれちがった。
伸ばした前髪で顔の半分を隠し、大きなマスクをつけている。うつむきがちに猫背で歩き、見るも無惨な変わりようだ。かつての颯爽とした面影はまったくない。
だが、すれちがう瞬間、長い前髪のあいだから、間宮の目が光ったように見えた。
私はわけもなく、すくんだ。
なぜだ? 今の間宮は牙をぬかれた虎も同然だ。何も恐れることはないはずなのに。
その数日後だった。
あの大惨事が起こったのは。
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