第一舞 枝垂れ桜

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 律の抗議を聞き流し、藤弥は由良に近づいた。そしてじっと見つめる。 「……?」  由良は何事かときょとんとしていた。 「悪くねぇ。どうだ、律。ここは由良ちゃんのお言葉に甘えさせてもらうってのは」  とたんに由良は表情をぱっと明るくし、藤弥は無駄に爽やかな笑みを見せる。  律は息をつき、由良を見遣った。視線が合うと由良は伏し目がちにそらしてしまった。 どうもはっきりしない。苦手な娘だと律は思った。だからつい、重圧をかけるようなことを言ってしまう。 「半端な人数では舞わん。場所は、そうだな。夕暮どき、あの枝垂れ桜のそばがいい」 「はい!」  由良は怯むどころかうれしそうに返事をするとぱたぱたと階下へとおりていった。 「行っちゃった……」  あっという間に姿を消してしまった彼女に目を丸くして、千彰が言う。 「ま、俺たちにとって悪い話でもねぇしな」  もとはと言えばこの男のせいなのだが、まったく反省している様子もない。律は先が思いやられるとうんざりした。 「二人とも意地悪だよー。由良さん大丈夫かな……。というか律さん、もう女の子を惚れさせたの?」  感心しているというよりも、呆れた口調で千彰が言う。 「性格は鬼なのになんかずるい」 「女ってのは難儀なのに惚れたがるからねぇ。律は顔がいい代わりに性格には難ありだ」  藤弥は感慨深げにうなずく。 「お前ら……」  律のこめかみがぴくりとするが、ふんと鼻をならす。 「一流ならば、それもまた許される」  微笑まなくても、どんなに冷たくしても、律の舞を一目みた女は凝りもせずに言い寄ってくる。相手にせずとも、遠くから姿を見ているだけで幸せだと言われたこともあった。 「あー、性格は悪いって認めるんだ」  睫の長い、大きな瞳をしばたかせながら千彰が顔をのぞきこむ。 「うるさい。とにかく、旅籠代がかかっているんだ。真面目にやれよ。特に藤弥」 「へいへいっと。とは言ってもあのお嬢ちゃんだけでは心もとない。城下見物ついでに客呼び手伝ってくるか」  藤弥が適当に返事をしながら部屋を出ようとする。 「あ、僕も! なんだかんだ言っても藤弥さんって優しいよね」  千彰も彼に続く。  律は何度目だか分からないため息をついた。本当に先が思いやられた。
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