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「ねぇ…おてて…」
娘はいつも手をつなぐことを求めた。
家の中にいても気が付くとそばにいて,黙って手を差し出してくる。
「あ…おててね…」
そう言って手をつなぐと嬉しそうな表情を見せる。
あまり感情を表に出さない娘だが,手をつないでいないと不機嫌になる。
人形のように小さい,白くて繊細な指が私の指に絡むとき,私の心は張り裂けそうになる。
私の手を求めてくる娘を見るたびに申し訳ないと思う。
どうしようもない母の手を握ってくれる娘は,これから先,嬉しい出会いや悲しい別れを経験するかもしれない。
できることなら,いつまでも娘の手を離したくない。
でも,私にはどうしようもできなかった。
それが許されることではないのはわかっていた。
娘がいることを言えなかった。
捨てられるのが怖かった。
娘をマンションに残したまま,男のところに入り浸った。
結局,他に女を作られ私は捨てられた。
数ヶ月ぶりに戻ったマンションは,壁紙が乱暴に引き剥がされ,畳がむしられ,布団が腐敗し、真っ黒な染みが床一面に広がっていた。
私の心が壊れていく。
「ごめんね…おててだよね…」
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