1. 新薬

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 と、感じたのも束の間、彼女との時間はそう長くは続かなかった。  彼女はさらにヴァイオリンの腕を磨くためにあっさりと海外への留学を決め、順平のもとを去っていった。  彼女は日本を発つその日、自分の夢のために環境を変えたいという身勝手な理由で順平と別れることを詫びていた。  順平はなぜ自分がフラれたのか理解できなかった。フラれるときには自分に落ち度があるためだと思っていた順平は、身長という最大のコンプレックスを克服した今、どこに自分の至らなさがあったのか判然としなかった。  浮気か。きっとそうに違いない。  順平はそう結論づけた。その証拠に彼女は順平との別れ話の最中にもたびたび席を立ってどこかへ姿を消していた。今にして思えば時間を気にするそぶりも見せていたではないか。交際相手よりも自分の夢を優先させる女だ。浮気相手の一人や二人いてもおかしくはない。  そう思うことでしか、自分を納得させられそうになかった。順平には彼女のことがまるっきり見えていなかったし、彼女もまた自分の世界の中心にあるのが順平ではなかった。  失意のまま自宅へ戻り、アルコールを呷りながらリモコンを乱暴に操作してテレビをつける。テレビから聞こえてくるアナウンサーの明るい声が耳障りに聞こえた。
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